【スペックテスト】 IWC/マークXVI
IWC
MARK XVI
受け継がれる質実剛健の系譜
文:イェンス・コッホ(ドイツ版クロノス編集者)/写真:金沢文春/翻訳:市川章子
伝統を継承しつつ進化を続けるというのは、口で言うほど簡単なことではない。何の工夫もせず同じでいることは伝統的とはいえず、落ち着きなく変化するだけでは進化とは呼べないからだ。熱狂的支持を集めるIWCのパイロットウォッチ「マーク」シリーズは世代交代をどのように執り行ったのだろうか。
○と×:
○・ケースが耐磁構造
・着用感に優れている
×
・ベースムーブメントの稀少性が低い
クロノス評価:
・ストラップとバックル(最高10ポイント) 9pt.・操作性(5pt.) 5pt.
・ケース(10pt.) 9pt.
・デザイン(15pt.) 14pt.
・視認性(5pt.) 5pt.
・着用性(10pt.) 10pt.
・ムーブメント(20pt.) 13pt.
・精度安定性(10pt.) 8pt.
・コストパフォーマンス(15pt.) 12pt.
合計85pt.

ベースキャリバーETA2892のメインパーツを自社でチューンナップし、磨耗は最低限に抑えている。もちろん、IWCのパイロットウォッチでは伝統となったアンチマグネティック仕様で、コクピットはもちろん、日常生活のあらゆる磁気からムーブメントを守ってくれる。
70年の歴史を通してなお進化を続けるパイロットウォッチ
IWCの数多くのモデルを分類するとき、大きな潮流のひとつとして脈々と続いているのがパイロットウォッチである。同社の歴代パイロットウォッチを一覧すると、時代の変遷を追体験することができそうだ。そのなかから意外な事実も見えてくる。IWC最新のパイロットウォッチ、マークXVIを検証する前に、「一族のご先祖」を振り返って見てみよう。1936年発表の“スペシャル・パイロットウォッチ"、またの名を“マークIX"とも称するこのモデルが登場した当時、航空界は新時代へ突入していた。航空会社が初めて誕生し、多くの都市間を飛行機で行き来できるようになった背景のなかで生まれたこのパイロットウォッチは、主に民間で利用されていた。ブラックダイアルに大きな白い数字を配した視認性の高さは、以降のシリーズにも引き継がれている大きな特徴だ。
1944年から1947年にかけて出ていた“W.W.W."(ウォータープルーフ・リストウォッチを意味する頭文字)、通称“マークX"ではマークIXの視認性の良さに加えて、スモールセコンドも受け継がれている。このモデルはロゴの下のブロードアローが示すように、英国のための軍用時計だったのだが、実は空軍ではなく陸軍で使用されていた。つまりマーク一族ではあるものの、パイロットウォッチではなく陸の腕時計なのである。
しかしミリタリーウォッチの中でパイロットウォッチに並ぶ大きなもうひとつの系統は、「陸」ではなく「海」の流れを汲む。1940年に製造されたビッグパイロットウォッチがそれだ。元はデッキウォッチとして海上で使用された、懐中ムーブメントを搭載したこの大型腕時計は、ドイツ軍に納品された。ちなみにこの頃ドイツ軍へは、IWCと同様の大型腕時計がドイツ国内のストーヴァやA.ランゲ&ゾーネからも製造・納品されている。このモデルが2002年にようやくリバイバルされたのは記憶に新しい。
IWCパイロットウォッチの本家筋の流れを引き継いだのは1948年発表の“マークXI"だった。英国空軍に納品されたこのモデルでは、最新式の耐磁構造が実現している。この頃、航空機のコクピットは計器及び操縦機器類の複雑化に伴って電化が進んでいたため、磁気への対策がより重要な課題となっていた。そのため脱進機エリアへの磁気の影響をできる限り少なく抑えられるように、ムーブメント全体を軟質スチールのインナーケースで覆うという賢い方法が採られた。その結果、耐磁性はそれまでより明らかに向上したのだった。以来、IWCのパイロットウォッチではこの構造が守られている。マークXIは1981年まで製造され、マークシリーズの代表格ともいうべき存在となったが、英国空軍の専用モデルという訳ではない。民間機のパイロットからも多くの支持を得ていた。現在、マークXIはオークションなどでも引く手あまたのコレクターズアイテムになっている。
時を大きく置いて1994年に登場したマークXIIには、世代交代ともいうべき変化が見られる。この代から日付表示が加わり、自動巻きに変わっているのだ。ムーブメントはジャガー・ルクルト製を初採用している。
1999年のマークXII生産終了に伴って同年に発売され、今年まで生産が続いていた後続モデルはマークXVだ。マークXVはベースキャリバーにETA2892を使用し、ケースサイズがやや大きくなった以外は先代モデルのマークXIIとウリふたつに仕上げられている。

ケースサイドのエッジは面取りされ、そのわずかな部分は磨き上げられている。控えめな膨らみをもつ風防とともに、ゆるやかなカーブが美しい。文字盤の視認性はパイロットウォッチの範となるほど優れている。
明るい場所で見ても、視認性はこれ以上ないほど良好である。
そして今年の新作マークXVIは、伝統的スタイルを生かしつつ、戦後登場モデル以降続いた共通のデザインに手を入れて新風を吹き込んだ。変化の最大のポイントは、今までの路線を変えて1940年のビッグパイロットウォッチの特徴を盛り込んでいるところにある。マークXI以降、針とインデックスは統一されていたが、このモデルでは針はかつてのデッキウォッチと同じ形状になり、より機能的な印象になった。文字盤からは3、6、9、12の数字が消えている。4つの数字がなくなった分、文字盤上に十字が浮き上がったようにも見えるが、これはカメラのファインダーや潜望鏡を覗いた時に見えるピント合わせのための十字を思わせ、一種独特の雰囲気を醸し出している。それは暗い場所でより顕著だ。文字盤上のインデックス、12時位置の三角、日付の数字、針は白く、それ以外は黒と明瞭なコントラストなので、十字のスペースは闇間によりはっきり浮かび上がって見えるのだ。暗い場所ではもちろん、明るい場所で見ても、視認性はこれ以上ないほど良好である。このモデルもマークXI登場以来の特徴を受け継ぎ、アンチマグネット仕様が守られている。ムーブメントを磁界から隔てるために、二重構造裏蓋のインナーボードやケース内の枠詰めリング、文字盤は軟質スチールで作られている。耐磁対策が大切なのはコクピットに限らない。日常生活の場でもスピーカーやキッチンの電気式調理ヒーター、その他あらゆる電気機器から磁界が発生している。時計師の仕事場には必ず磁気抜き機が備えられていることからも、日常生活の磁気がいかに精度に影響するかが理解できるだろう。優秀さを誇るIWCのパイロットウォッチとて、テンプとヒゲゼンマイが磁気を帯びてしまえば正しいスウィングが起こらなくなってしまうのだ。
リュウズはネジ込み式を採用している。ストップセコンド仕様のため針合わせも楽だ。日付修正が手早く出来るのもうれしい。リュウズヘッドには魚の代わりに“プローブス・スカフージア"の刻印が打ち出されている。
ストラップとバックルにも変化が見られる。先代まではバッファローストラップとフォールディングバックルだったが、新型ではクロコダイルストラップと尾錠に改められている。がっしりした作りの尾錠は、優美な作りのフォールディングバックルよりもスポーティさが引き立つ。ケースと同じく縁は面取りし、エッジは鏡面に磨き上げている。その細やかさは見事だ。
着用感は実に快適。ブランド名とともに“Flibgbruhr"(パイロットウォッチ)とドイツ語で刻まれた裏蓋はフラットな作りのため腕にぴたっと収まる。そして重さがとても心地よいのは注目すべきだろう。
次にケース内部に目を向けよう。このムーブメントは一見しただけではさほどすごいとは感じられない。自社キャリバーではあるものの、ベースはまぎれもなくETAの汎用キャリバーだと分かるからだ。しかしベースのETA2892は、他のメーカー同様IWCでもかなり手直しされている。その際IWCが何よりも重視しているのが摩擦の低減だ。ベースムーブメントは組み立て前のキット状態で納品される。この段階ではパーツになんの装飾も入っていない。各パーツはIWCで加工し直される。

ベルトはバッファローからクロコダイルへ変更された。また尾錠は丁寧な面取りがなされ、美しい仕上がりだ。
“マークXVI"は伝統を汲みながらも新たな方向性を模索している。
例えば香箱は厳密なサイズにするため、場合によってはフライスにかけ直される。ホゾの研磨や歯車の表面加工などもIWCの基準に見合うようにレベルアップされ、ムーブメントを組み立てる前段階でエングレービングや装飾研磨が加えられる。製造は流れ作業であってもアフターサービスの知恵を生かし、弱さのある箇所は組み立て前までに徹底して取り除かれるようになっているのだ。その結果ネジは鏡面に磨き上げられ、ローターには年輪状の、角穴車には放射状の装飾研磨が入れられ、地板にはペルラージュが入れられる。もちろんアンクルとガンギ車も磨き上げられる。さて、マークXVIの精度だが、ムーブメントには5姿勢調整済みと金文字に刻み込まれているのだが、我々のテストでは6姿勢でデータを取っている。結果は少々幅のある数値になった。姿勢間の最大日差は8秒。まあ受け入れられる水準だが、クロノメーター級の精度とはいえない。IWCの実力は本来こんな程度のものではないので、マークXVIも、もっとよい精度まで追い込めるはずだ。もっとも中間日差はゼロと出ている。着用テストではやや遅れがちでマイナス2秒となった。水平姿勢と垂直姿勢の振り角の差は許容範囲内に収まっている。
このモデルの価格は全体の質の高さに見合っていると判断できるだろう。完全自社開発キャリバーではないが、少なくとも自社で再加工し、部分的にベースキャリバーを大きく超えるレベルになっているのは高く評価したい。文字盤、針、ケース、ストラップなどは非常に水準の高い仕上がりだ。
IWCパイロットウォッチの最新世代はより現代的・スポーティ・実用的になっている。以前のようなエレガントさとは違う仕上がりだが、これはこれでよしとしたい。高品質の追求、パイロットウォッチにかける愛情、伝統に対する誇りはご先祖譲りだ。これまで分家的存在ながら、変わらぬ顔で永らえたビッグパイロットウォッチのスピリットが生かされたこのモデルは、飛行を愛する者への大いなる贈り物なのである。
スペック
製造者:IWC:Schaffhausen/Switzerland
Ref.:
IW 325501
機能:
時、分、秒(センターセコンド、ストップセコンド仕様)、日付表示
ムーブメント:
Cal.30110(自動巻き、ベースキャリバー:ETA2892)直径25.60mm、厚さ3.60mm、振動数2万88000/時、グルシドゥア・スムーステンプ、平ヒゲゼンマイ(ニヴァロックス1使用)、耐震軸受(インカブロック使用)、エタクロン緩急調整式、(片方向巻き上げ式)、21石、パワーリザーブ約42時間
ケース:
SS製二重ケース(耐磁インナーケース有り)、耐圧サファイアガラス風防(無反射コーティング)、スクリューバック、6気圧防水
ストラップとバックル:
クロコダイルストラップおよびSS製尾錠
精度安定試験:
(日差 秒/日、振り角)
通常時/クロノグラフ作動時
文字盤上 -4
文字盤下 +1
3時上 +1
3時下 0
3時左 -2
3時右 +4
最大日差 8
平均日差 0
平均振り角:
平行姿勢 302°
垂直姿勢 268°
サイズ:
直径39.00mm、厚さ11.50mm、総重量66.50g
価格:
38万8500円
*価格は記事掲載時のものです。記事はクロノス ドイツ版の翻訳記事です。
記事掲載号
2006年11月号(No.007) 定期購読申込 バックナンバー常設店・掲載されている記事・画像・イラスト・動画などの無断転載を禁止します。
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