【第2特集】 2008年9月号(No.018)エナメル今昔物語

腕時計とエナメル
~エナメル文字盤の基本と歴史~
吉江正倫:写真/広田雅将、鈴木裕之(本誌):文 松本徽章工業、青木メタル:取材協力
工芸品的パーツのマスプロダクト化は、現代の高級時計産業全般に散見されるテーマだ。研ぎ出しレジンによる「コールドエナメル文字盤」は、その象徴的な事例だろう。対してガラス質の釉薬を焼成させる伝統的な「ホットエナメル文字盤」も、グラン・フーという呼称とともに復権しつつある。クロワゾネやミニアチュールなど、エナメルを基本とする多くの技法や亜種が存在するなかで、ここでは単色仕上げのソリッドダイアルに論を絞り、時代とともに移り変わるエナメル表現の手法を考える。
エナメルという単語には、いくつかの異なった意味が含まれている。まずひとつには、陶磁器にかける「釉薬( ゆうやく、うわぐすり)」の意味があり、陶磁器の表面を覆っているガラス質の部分を指す場合もある。ふたつめは、金属表面に釉薬を塗って焼成したものを指し、鉄やアルミの表面保護や防錆のために施されるものを「琺瑯( ほうろう)」、金、銀、銅、真鍮などに施されるものを「七宝(しっぽう)」と呼ぶ。
時計で「エナメル文字盤」と言った場合には、これらのうち「七宝の文字盤」の意味になる。ギョーシェの上から釉を施す「シャンルベ( 象嵌七宝)」や、金線で仕切られた小部屋に釉薬を流して焼成させる「クロワゾネ( 有線七宝)」も、七宝から派生した装飾技法だ。しかし最も基本的なものは、やはり単色仕上げのソリッドエナメルで、これ以降、特集内で「焼成エナメル」や「ホットエナメル」、または単に「エナメル」と呼んだ場合はすべて「単色仕上げの七宝文字盤」のことを指す。
ここで明確にエナメルと区別しておきたいのが「ポーセリン」だ。本来は「磁器」の意味だが、時計では「陶製の文字盤」のことを言う。焼成されることで、文字盤表面がガラス質になることから、エナメルと混同されやすいが、両者は根本的に異なる素材である。もっとも、文字盤を紫外線や酸化による変質から保護するという目的自体は、エナメルもポーセリンも変わらない。
時計の文字盤に初めて、エナメルやポーセリンが用いられたのは18世紀のことである。1770年代製作のフレンチ・クロックには、真鍮製のベースに設えられたポーセリンが用いられたと記録にある。2007年製のヴァシュロン・コンスタンタン「クロノメーター・ロワイヤル」は、1904年に製作された懐中時計に範を得たものだが、この文字盤は「グラン・フー」と呼ばれる焼成エナメルだった。1910〜30年代までは、エナメルやポーセリンの文字盤を持った腕時計も製作されたが、懐中時計用の文字盤をコンバートしてきたものも多かった。
腕時計が全盛期を迎える1940〜60年代になると、腕時計専用に焼かれたエナメルやポーセリンの文字盤は極めて少なくなる。こうした状況のなか、パテック フィリップは1953年にひとつの名品を残している。Ref・2526、通称「トロピカル」である。1955年のプライスで比べてみると、カラトラバのRef・96が1060CHF、永久カレンダークロノグラフのRef・2499が3535CHFだったのに対し、トロピカルは18KYGのブレスレット付きで3000CHFというタグがつけられていた。同社初の自動巻きムーブメント搭載という事実を差し引いても、このポーセリンが如何に高価だったか分かるだろう。
1990年代初頭には、まずユリス・ナルダンが「サンマルコ・クロノメーター」でシャンルベを復活させ、クロノスイスの「オレア」は、ドンツェ・カドラン製の焼成エナメルを搭載した。これ以降のエナメル文字盤は、高級時計に欠かせない、アイコニックなパーツとして認識されてゆくことになる。
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時計で「エナメル文字盤」と言った場合には、これらのうち「七宝の文字盤」の意味になる。ギョーシェの上から釉を施す「シャンルベ( 象嵌七宝)」や、金線で仕切られた小部屋に釉薬を流して焼成させる「クロワゾネ( 有線七宝)」も、七宝から派生した装飾技法だ。しかし最も基本的なものは、やはり単色仕上げのソリッドエナメルで、これ以降、特集内で「焼成エナメル」や「ホットエナメル」、または単に「エナメル」と呼んだ場合はすべて「単色仕上げの七宝文字盤」のことを指す。
ここで明確にエナメルと区別しておきたいのが「ポーセリン」だ。本来は「磁器」の意味だが、時計では「陶製の文字盤」のことを言う。焼成されることで、文字盤表面がガラス質になることから、エナメルと混同されやすいが、両者は根本的に異なる素材である。もっとも、文字盤を紫外線や酸化による変質から保護するという目的自体は、エナメルもポーセリンも変わらない。
時計の文字盤に初めて、エナメルやポーセリンが用いられたのは18世紀のことである。1770年代製作のフレンチ・クロックには、真鍮製のベースに設えられたポーセリンが用いられたと記録にある。2007年製のヴァシュロン・コンスタンタン「クロノメーター・ロワイヤル」は、1904年に製作された懐中時計に範を得たものだが、この文字盤は「グラン・フー」と呼ばれる焼成エナメルだった。1910〜30年代までは、エナメルやポーセリンの文字盤を持った腕時計も製作されたが、懐中時計用の文字盤をコンバートしてきたものも多かった。
腕時計が全盛期を迎える1940〜60年代になると、腕時計専用に焼かれたエナメルやポーセリンの文字盤は極めて少なくなる。こうした状況のなか、パテック フィリップは1953年にひとつの名品を残している。Ref・2526、通称「トロピカル」である。1955年のプライスで比べてみると、カラトラバのRef・96が1060CHF、永久カレンダークロノグラフのRef・2499が3535CHFだったのに対し、トロピカルは18KYGのブレスレット付きで3000CHFというタグがつけられていた。同社初の自動巻きムーブメント搭載という事実を差し引いても、このポーセリンが如何に高価だったか分かるだろう。
1990年代初頭には、まずユリス・ナルダンが「サンマルコ・クロノメーター」でシャンルベを復活させ、クロノスイスの「オレア」は、ドンツェ・カドラン製の焼成エナメルを搭載した。これ以降のエナメル文字盤は、高級時計に欠かせない、アイコニックなパーツとして認識されてゆくことになる。
つづきは『クロノス日本版』2008年9月号(No.018)でお楽しみ下さい。
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