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Chronos日本版

【第2特集】 2008年11月号(No.019)

ドレスウォッチの復権

ドレスウォッチの復権

複雑・多層化するギミックへのアンチテーゼ

吉江正倫:写真 広田雅将:取材・文

最近、ドレスウォッチという言葉を頻繁に聞くようになった。ただし高価でシンプルな時計という以外そこに具体的な定義は存在しない。しかし仔細に見ていくと、共通のキーワードが浮かび上がってくる。「立体感」と「上質感」をまとい、シンプルな時計以上の“何か”に変化したドレスウォッチ。その姿をひも解いていこう。

序章/単なるシンプルとは異なるドレスウォッチの条件

 元来、欧米にドレスウォッチという定義は存在しない。時計を区別するのは、機能が複雑か簡潔か、宝飾時計か否か、そして革ベルトかブレスレットかぐらいである。
 ただし、ドレスウォッチに近い概念は欧米にもある。それは薄い高級時計とほぼ同義語だ。具体的には、オーデマ ピゲやピアジェの薄型になるだろうか。言うまでもないことだが、機械式時計において薄いということは、余分な機能がないシンプルな時計であるということだ。欧米ではフォーマルな場において、袖口に隠れる薄いシンプルウォッチが好まれる。そして日本ではいつしか、こうした欧米の社交の場で着用されるような優美(ドレッシー)なシンプル時計を、ドレスウォッチと呼ぶようになった。

 しかしながら当然、シンプルな時計すべてをドレスウォッチと換言するわけにはいかない。本来、欧米ではシンプルな時計はただの実用時計だ。そこで、本誌はシンプルさに加えて「立体感」と「上質感」というキーワードを加えてみた。かみ砕いていうと、シンプルだが平坦ではない高級時計。これが本誌の考える〝ドレスウォッチ〟の定義となる。
 こうしたドレスウォッチの先駆けは、フィリップ・デュフォーのシンプリシティだろう。あくまで簡潔な機能に、立体感と上質さを盛り込んだ時計。発表後に彼は筆者に対して「最近の時計師はトゥールビヨンしか作らないね」と皮肉を言ったことがある。さらに「この時計は腕のある時計師なら誰でも修理ができ、長く使うことができる。それこそ数百年だって」とも語った。シンプリシティとは、トゥールビヨンブームに対するある種のアンチテーゼであり、かつ、ありきたりなシンプルウォッチとも一線を画していた。そしてその方法論は、実に多くのメーカーや時計師に影響を与えることになる。例えばA.ランゲ&ゾーネがそうだ。

 卓越したリヒャルト・ランゲの発表後、筆者は開発チームからコメントを得た。「私たちもシンプリシティのような時計を作りたかった」とは、彼らの偽らざる本懐だったに違いない。ある独立時計師も(あえて名前は伏す)「シンプリシティが出たとき、やられたと思いましたよ」と筆者に漏らした。
 シンプリシティの成功は、単なる手巻き時計を、それ以上の「何か」に引き上げたことにある。ポイントは、すでに述べたとおり、「立体感」と「上質感」-オートクチュールに求められる要素と同じ-である。もちろん、それ以前にも立体感や上質感を併せ持つシンプルウォッチは存在した。ブレゲ然り、パテック フィリップ然り。  しかし、市場に決定的な影響を与えたのは、一時計師が作った、ただの手巻き時計だった。圧倒的なブランド力がなくとも、深遠な歴史がなくとも、複雑な機構を搭載しなくとも、良いものは支持される。以降、各ブランドが単なるシンプルウォッチとは異なるドレッシーな時計作りを模索し始めたことは必然だったのかもしれない。

 では、シンプルウォッチとドレスウォッチを線引きする「立体感」と「上質感」の正体とは何か。さしあたって、6つのポイントを挙げてみたい。
 まず立体感。ブランパンはベゼルを2段に分け、ケースサイドを下に向けて絞ることで時計を立体的に見せている。またグランドセイコーは時・分・秒針を立体的にすることで、視認性を高めるだけでなく、時計全体が平坦になることを防いだ。文字盤をボンベに仕立てることでも、間延び感は解消される。好例はグラスヒュッテ・オリジナルのセネタ・シックスティーズだ。
 一方で上質感はどうだろう。ピアジェは極度に平滑に仕上げたベゼルで、パテック フィリップは見返しと文字盤の隙間をきっちり詰めることでこれを体現した。一見分かりづらい部分をないがしろにしないのは、薄型高級時計を作り馴れたメゾンの矜持だろう。また、ジャケ・ドローのように細く長いラグという古典手法で品格を表現するのもひとつの手である。  しかし、これらの要素は、必ずしも古典のリバイバルではない。多くのフォロワーを生んだシンプリシティでさえも、現代的な太いラグと太いベゼルを備えていた。またわずかに膨らませたケースサイドも、90年代的だった。

つづきは『クロノス日本版』でお楽しみ下さい。

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