【第2特集】 2006年1月号(No.002) 腕上で世界を跋扈する

腕上で世界を跋扈する
機械式ワールドタイム&GMTウオッチ
ギズベルト・L・ブルーナー:文/市川章子:翻訳
ルイ・コルティエの発明したワールドタイムは、都市名のディスクを動かす度に、時針が1時間ずつジャンプする。多くの人が当たり前に感じている、この時差が1時間との認識。しかし、これが決められたのは、わずか120年前の話。地球が24のタイムゾーンに分けられた、その歴史を振り返る。

1955年頃にルイ・コティエによって製造されたワールドタイムウオッチのプロトタイプ。このモデルで数々のワールドタイム機構の最後の特許を取得したという。生前、彼が愛用していた。
ルイ・コティエ 神の恩寵を受けた時計師
世界各地の都市名を刻んだディスクを動かすだけで、その都市のローカルタイムを表示する──ルイ・コティエによる偉大なるワールドタイムの発明は、現在のパテック フィリップのモデル5110に受け継がれる。そのディスクに刻まれるのは、24の都市名。これは世界のタイムゾーンが、24エリアに分けられていることに由来するのだが、それが定められたのは、わずか1世紀半前のことに過ぎないのである。時は1840年代にまでさかのぼる。人類初の時計が日時計であったように、当時の人々にとっても時間とは、太陽の位置によって決まるものであり、東西に移動すれば、時刻も変わるのが当然だと受け止められていた。したがって、同じ国の中にあっても、都市ごとに時刻は異なっていたのである。産業革命によって、いち早く近代化を成し遂げていたイギリスでもそれは同じであった。しかし、急速に整備された鉄道網と電信技術の発展は、人々にローカルタイムの不便さを初めて気付かせた。かつてない高速移動を可能にした蒸気機関車の運行ダイヤの作成には、都市ごとに時刻が違っていては困るからだ。距離を一気に越える通信の分野では、さらに時刻の統一が求められた。結果、イギリスでは世界に先駆けて国内の時刻を統一した「標準時」が制定されたのである。
しかし、この標準時は、あくまで英国だけで通用するもの。世界に普及するには、さらに40年以上の月日が必要だった。
舞台は、アメリカに移る。国土の狭いイギリスでは、太陽の位置を基準とした地域ごとのローカルタイムは、30分を超えることがない。だからこそ標準時の導入が容易だったのだが、広大な国土を持つアメリカでは、1880年代に至ってもなお、鉄道網において49もの異なるオフィシャルタイムが存在していたという。これでは鉄道会社にとっても利用者にとっても、猥雑で不便極まりない。そこで1883年11月18日、チャールズ・ダウトなる人物が、1870年代から提唱してた「国内をいくつかのタイムゾーンに分割し、隣接する地域同士の時差を1時間とする」といの考えを採択。合衆国全土で施行された。米国でも標準時のシステムが制定されたのだ。
つづきは『クロノス日本版』2006年1月号(No.002)でお楽しみ下さい。
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